【2016年】宮城県「金華山黄金山神社」願かけ絵馬 奉納祈願レポート

2021/03/05

2016年、未曾有の震災から、奉納企画も早5年。みなさんから寄せられた「願かけ絵馬」1806枚を携え、本誌編集長が奉納祈願に行ってきたその模様ととともに、金華山黄金山神社の震災後も紹介します。

※本記事は、月刊誌『ロト・ナンバーズ「超」的中法 2016年5月号』発売当時のまま、掲載しています。

10年という節目の奉納祈願、それを祝福するかのうように順調な旅

「3年続けてお参りすれば一生お金に不自由しない」

そういわれる東奥三大霊場(※)のひとつ、金華山黄金山神社。当企画がスタートしたのは、2007年。すでに3年以上絵馬を出し続けてご利益をいただいた読者も多いなか、10年という節目を迎える今回も奉納祈願へ本誌編集長が行ってきました。その理由は、新規読者のみなさんや、まだご利益を感じられない読者のみなさんのため。そして、あの大震災のその後を少しでも全国のみなさんへ伝えるためでもあります。それでは、その一部始終をご覧ください。

東奥三大霊場…青森県の恐山、山形県の出羽三山、宮城県の金華山。

2016年3月3日(木)

 夕方の新幹線で東京から一路、宮城県は仙台へ。寒の戻りで、いつもなら服をすり抜ける寒さに凍える時期なのだが、今回は春先のような陽気。緩みそうな気持ちを、引き締める。ホテルにチェックインし、ひと息。思えば、こうしてみなさんの絵馬を奉納祈願し続けた10年。悪天候で金華山へ船が出ない年もあった。奉納後の船酔いで動けなくなる年もあった。道なき道を進んだ震災翌年。そして、奉納祈願を通じて知り合ったさまざまな人たちを思い返しているうち、いつしか眠りについていた。

2016年3月4日(金)快晴

 午前5時起床、準備を整え6時に仙台市内のホテルを出発。レンタカーで、石巻市にある牡鹿半島の先端は鮎川港を目指した。今回の移動は、すこぶるスムーズで、2時間ほどで鮎川港に到着。しばし、港で休憩したのち、海上タクシーで金華山へ。奉納祈願を歓迎しているかのように、海も白波ひとつなく、20分ほどの快適な船の旅となった。

 金華山に到着すると、10年来お世話になっている神職の大久保さんが出迎えてくれた。毎回、温かく迎えてくれることに、感謝の気持ちでいっぱいになる。積もる話もそこそこに、さっそく奉納祈願の準備に。まずは、神事用の浄掛(きよかけ)をまとい、神殿へ。外は春先の陽気だが、神殿内は、まったくの別世界。冷気といっても過言ではない、ひんやりとした空気が、霊験あらたかさを物語っている。

 ゆっくりと座すと、神殿内に神事の開始を告げる大きな太鼓の音が響き渡った。合わせるように神殿に斎主、巫女が入ってくる。

――いよいよである。

神さま! どうか1806枚すべての願い事をお聞きください

 まずは、神事の開始を告げる旨が典儀によって読み上げられる。グッと気持ちが高ぶる瞬間だ。矢継ぎ早に、主によって神事を受ける者すべてが大麻(おおぬさ)によって祓われる。心のなかに潜む邪念が、跡形もなく消えていく。

 気持ちがクリアになったところで、巫女が護摩木(ごまぎ)に火を灯す。何度も見ている光景だが、同じように組まれた2つの護摩木は、燃え上がり方がまったく違う。不思議な現象だ。実におもしろい。

 炎が頂点に達するタイミングで、斎主による「祝詞奏上」が始まった。祝詞で、今回奉納した絵馬の願い事を神さまにお伝えしているのだ。この間は、低頭し、ただひらすら祈り続ける。

神さま
どうかお願いします
1806枚、すべての絵馬の
願い事をお聞きください
よろしくお願いいたします……

 厳正な雰囲気のなか、祝詞奏上は終わり、続いては巫女による金華山では「弥栄(いやさか)の舞」というお神楽が奉納される。何百年という昔から人々を魅了し続けてきた舞に、しばし時を忘れた。

 神楽の次は、神さまからの祝福を受けるため、金幣(きんぺい)が参列者にかざされる。

シャーン、シャーン、シャーン

 1806枚の願い事代表として、心地よく頭上で響く金属音に、確かに祝福を受けたことを実感できた。

 最後に神事を締めくくる「玉串奉典(たまぐしほうてん)」。神前に玉串をお供えし、神さまに恭順の意を示す。さらに二礼二拍手一礼し、奉納祈願の神事は滞りなく終了した。

 なお、奉納された1806枚の絵馬は2016年3月18日に、金華山山頂に鎮座する大海神(おおわだつみ)神社にてお焚き上げされた。

 ご尽力いただいた金華山黄金山神社のみなさまにご挨拶をし、帰路についた。ホッと安堵感がこみ上げてくる。金華山の船着場に着くと、行きにはいなかったウミネコが、たくさん飛んでいる。その光景は、まるで奉納祈願の願い事が神さまに届けられましたよ、と言ってくれているようにも思えた。そして確信した、今回の願かけ絵馬奉納祈願も大成功したのだと……。

編集長が見た、5年間の復興への変遷

今回は震災5年という節目を迎えるにあたり、これまで本誌編集長が見てきた金華山黄金山神社、さらに鮎川港の復興の変遷を紹介していこう。

復興へはまだまだ時間のかかる金華山、鮎川港もあと5年の月日が必要

 今回、震災後の奉納祈願5年という節目にあたり、これまで本誌で掲載してきた復興への変遷を紹介していこう。主に、金華山へ向かう鮎川港と金華山だ。

 結論から言うと、復興へはまだまだ時間がかかる状況。特に金華山は島であるが故、その歩みは遅い。

 鮎川港で海上タクシーをお願いしている方にお話を聞いてみると

「まだ港自体、3年から5年はかかるんじゃないかなー」

 さらに、人口も減ってしまったので、港が整備されて、住宅ができても……とも話してくれた。

 復興に向けて、まだまだ問題は山積している。

2012年震災翌年の鮎川港。地盤が沈下し、かつて道路だったところまで海水が侵食していた。

2016年、港部分はコンクリートで整備されたが、それ以外の部分はまだまだの状況。

奉納後記

 今年は、震災後5年目となる奉納祈願となりました。まだまだ復興へは時間がかかりそうだと実感すると同時に、物理的な補修ができないものにも改めて気づかされました。

 神職の大久保さんに、お参りする方は増えましたかという問いをしいたところ、「だいぶ増えましたけど、やっぱりまだ海が怖いという方が多いんです。だからこっち(金華山)まで来れないんですよ」。心に負ってしまった震災という大きな傷をかかえる人は、まだまだまだまだ多い。心に傷を負った人の気持ちが少しでも癒されることを願って止まない、そんな奉納祈願になりました。

うれしいことに多くの読者の方から、神社に収めてくださいと「お初穂」をいただいた。その総額、なんと5万5781円。この場をお借りして、送ってくださったみなさま、本当にありがとうございます。神社の方も本当に喜んでおられました。

(本誌編集長/石川修)

2017年の奉納の模様はこちら↓

【2017年】宮城県「金華山黄金山神社」願かけ絵馬 奉納祈願レポート

 

※本記事は、月刊誌『ロト・ナンバーズ「超」的中法 2016年5月号』発売当時のまま、掲載しています。

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